<< June 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

動感覚を磨く

そういえば、いつもセグメント後の印象や感想を書いていたのに、1月の第9セグメントは書いていませんでした。
なんでだろう?
とても深い余韻は残っていたんですよ。
でも、たぶん、ゆったりしていたんだと思います。印象や変化が。
それはこのたびのトレーナー、ステファン先生の持つ空気感そのものかもしれません。

なんで今頃その話を持ち出したかというと、セグメント中のノートを読み返していたんです。
で、今の状態にスパっとはまった箇所があったので。

人間の六つ目の感覚とは・・・?
いわゆる第六感(ヤマ勘?)ではないですよ。
それは「動感覚」です。
受容器(感じる箇所)は関節のところ。
私たちはこのメソッドでいったい何をしているのか?のひとつの応えとして、すごくクリアになった瞬間でした。

何のために必要かというと、
1、努力感を察知できる(体にとっての限界かどうか?)
2、空間内での自分の位置関係(形)を知る
とメモってありました。完全な記憶でありません。もっとあったかもしれない。あしからず。
ヒトがなにがしかの動作をしている時には、ずうっとこれらを感知しながらバランスをとったり次の動作を判断しています。
なので、この六つ目の感覚を磨いて(脳との繋がりを良くして)繊細になればなるほど、動作が洗練されていくことになります。
という話でした。

この話になぜ今ハマったのかというと、この、”動作”というところを”行動”に置き換えても同じことだからなのです。(というフェルデンクライスの考えかたが好きです!)
1、今やっているその行動の努力感がわかるかどうか。つまり、無駄なこと矛盾すること自分にとってふさわしくないこと、もしかしたら単に意地でとか(^^;)をしてるかどうかが自分でわかるか。
2、ひろーい意味で世界の中での自分の位置・役割・今の形を知る
なので、体の動感覚を磨くということは、行動が洗練されていくことに繋がる。
すると、最大限に命を発揮できる。急に大きい話になってしまったけど、つまりはそういうこと。に、なる。

ここ最近「位置・役割」について考える機会が多くて、というか考えざるを得ない状況が多くて。
さらに、”動”感覚というからには、動いている中でこそ感じるものなわけで、どうもここのところ止まって考えてばかりいたことに気づかされたからなのでした。

はい。
そんな桜が咲き始めた日の覚え書きでした。

と終わろうと思ったのですが、もうひとつ。
受容器があるのが関節、というのがとても興味深いなあ、と。
プロセスワークのミンデルさんが、「うしろ向きに馬に乗る」という著書の中で、<内的な動作にアクセスするには、各「関節」部分にそっと働きかけるようにすると効果的である>と書いていたり、合気道の植芝盛平開祖が関節技のことを「関節のサビ(ゴミだったっけ?)を取る」と表現しているのと、何か共通性があるのかもしれませんね。
0

    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    MOON

    NEW ENTRIES

    CATEGORIES

    ARCHIVES

    RECENT COMMENT

    PROFILE